Last update 2001/05/17.

山本和範という野球選手。

この「雑文」で野球を話題にするのは、考えてみれば初めての事だ。
今回は、あまり記録には残っていないが、忘れる事のできない選手、元近鉄バファローズ/ ダイエー・ホークスの山本和範について書いてみたい。

山本は'77年近鉄バッファローズに入団、5年後の'82年には自由契約(要は解雇)となり、 1年間バッティングセンターで働きながら、翌'83年、南海ホークスにテスト入団、'95年まで 福岡ダイエー・ホークスに在籍し、'96年、古巣である近鉄バッファローズに再度テスト入団、 '99年、42歳まで現役を続けた。この山本の苦労話、野球ファンならご存知の方も多いと思う。
ダイエー時代もイチローに続き、打率2位となるなど勝負強さも際立っていたが、ここでは '96年近鉄時代の忘れられないホームラン2本について書く。
山本和範 選手。やっぱ顔は..ちとコワい。

忘れられないと云いつつ、1本目については記憶がかなり曖昧なのだが、'96年の確か開幕第1戦目か 2戦目だったと思う。対西武ライオンズ戦で場所は西武球場だったと記憶している。
週末、部屋の掃除をしながら、このデイゲームを見ていた。正確には音だけ聞いている事のほうが 多かったのだけど。
山本はこの当時、DH(*註1) 若しくは代打で起用されていたと思うのだが、とにかく、山本の 打席になった。
この年から近鉄に移籍したばかりで、背番号も選手としては大きな「92」を着けていた。
中継のアナウンサーがこの背番号についてコメントを挟む。
「この山本の92という背番号ですが、水島新二さんのマンガに登場する "あぶさん"(*註2)を超えたい、 という事で92という番号を着けているそうです。」
おぉ何と泣かせる理由ではないか。2度の解雇の危機を乗り越えてもなお、打席に立つ山本に 感情移入しているところに、このネタだ。
そして山本はこの打席、ライトスタンドに見事なホームランを放つ。
泣いた。何故か泣けるホームランだった。

この山本、顔は決してカッコよくないのだが(実際、ななりコワ面)、バッティングフォーム、 ホームランの打球、打った後のバットの放り方が非常に美しい。 ホームランの打球の美しさでは、個人的には、スワローズの杉浦(*注3)、 同じくスワローズの秦(*注4)と比肩する打球だと思っている。 やはり左打者がライトスタンドに放つ打球は美しい。

2本目のホームランはこの年、福岡ドームで行われたオールスター・ゲーム第1戦だ。
山本はこの年、初めてファン投票による選出でオールスターに出場した。
この第1戦は、1回裏、イチローの先頭打者初球ホームラン、日本ハムのブリトーの2ランホームランが 飛び出し、パ・リーグが逃げれば、6回表、セ・リーグの打線も繋がり、同点に追いつくなど 見応えのある試合だった。
回は6回裏、セ・リーグが同点に追いついた直後、それまでの2イニング好調だった阪神の薮が パ・リーグ打線に捕まり4対3と勝ち越しを許す。なおも走者一、三塁。
次打者は、地元福岡ダイエーの小久保だったが、パ・リーグの仰木監督が打者交代を告げる声が テレビにの音声にも入る。
「バッター山本。」

おっとり刀という感じで山本がベンチから出た。福岡ドームは大歓声に包まれる。
何度か素振りをし、少し身体をほぐしてから左打席に向かう。
実況アナウンサーは苦労人・山本のここまでの経緯、初のファン投票選出であること、 昨年までここ福岡ドームが山本のホームグラウンドであり、ここでの代打起用は仰木監督の 粋なはからいではないか、といったことを告げた。
山本はピッチャー薮に正対、少し待ってくれと制し、足場を固める。
プレイ再開、薮が初球ストレートを投じた。
行った。
右足をポンと上げるフォームから、いつもの様に美しい軌跡を残して、 福岡ドームのライトスタンドに打球が吸い込まれる。
一塁前で渾身のガッツポーズ、ベースを周りながら、2度3度と腕を突き上げる山本。
一塁を守っているスワローズのオマリーの「まったく信じられないヤツだぜ。」というような笑顔が映る。
一塁側ダッグアウトが映ると、イチローが「スゲェ..」と口走っているのが見える。
三塁ベースを周って、まだ背番号66番を着けている近鉄の中村紀洋とハイタッチを交わす。
セ・リーグの反撃ムードを打ち砕く3ランホームランとなった。

山本はMVPを獲得し、ヒーローインタビューに臨む。
「このホームランはファンの皆さんが打たせてくれたホームラン。最高です。チョベリグですよ。」
と当時女子高生の間で流行していた(おそらくこの時点では、もう女子高生は使っていないと思うが) 「チョベリグ」で喜びを表した。このちょっとお寒いコメントも山本らしい。

'99年惜しくも山本は引退してしまうが、最終戦となる福岡ダイエー戦ではプロ最終打席、 通算1400本目となるヒットを、通算175号となるホームランで飾っている。
最後の最後まで勝負強かった打者である。

実は手許に保管している山本のホームランシーンはこの'96年のオールスターだけだ。
今でも、山本の打球を見たくなった時、このシーンを見る事にしている。

【通算成績】
所属球団:近鉄バッファローズ->南海ホークス->福岡ダイエー・ホークス->近鉄バッファローズ
出場試合:1618試合
安打数 :4949打数 1400安打
生涯打率:0.283
打点 :669打点
本塁打 :175本


註1:DH
指名打者制。(DH制)
現在はパ・リーグのみにある制度。
守備要員9人でのうち1人は打撃を行わず、代わって打撃専門の選手が打撃を行う。
通常はピッチャーが打撃を行わない事になっている。
西武の松坂あたりは、打たせたらかなり打ちそうなのに残念だ。
個人的には早くなくなって欲しい制度。野球は9人でやるものだ。
註2:あぶさん
水島新二の野球マンガの主人公。本名は景浦安武。
南海ホークス->福岡ダイエーホークスに所属している超ベテランの強打者。
いちおう架空の人物なのだが「尊敬する野球選手:あぶさん」と答える人もいるとかいないとか。
ストーリー上は今50歳くらいだったと思う。背番号は90番。
実際、ダイエーには背番号90の選手、コーチはいない。ダイエーの90番はやはり、あぶさんの番号だ。
註3:杉浦
杉浦亨。'71から'93年までヤクルト・スワローズに在籍。'78年、'92年、'93年と3度のリーグ優勝、 2度の日本一に貢献。
筆者が見た頃は残念ながら晩年だったが、忘れもしない'92年西武との日本シリーズ第1戦での 「代打逆転サヨナラ満塁ホームラン」は球史に残る。
通算打率0.284、224本塁打。
註4:秦
秦真司。'84年ヤクルト・スワローズ入団。当初は捕手として出場していたが、後に外野手に転向する。
守備の名手とは云えなかったが、勝負どころでの打撃は頼りになった。
やはり忘れられない'92年日本シリーズ第6戦のサヨナラホームランはあまりにドラマチックであった。
後に日本ハム、ロッテと移籍し2000年現役引退。2001年はロッテ2軍打撃コーチ。
通算打率0.262、97本塁打。

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